イーハトーヴ(岩手県)で右往左往 その1

26日、JAL430便は定刻通り松山を飛び立った。
雨は降りそうな空模様。
日本海では低気圧が発達中で、これから向かう東北方面は大荒れになる予報が出ていた。
気象庁のサイトで岩手県の様子を見ると、気温は0度から5,6度である。
雪は降ってない模様。
愛媛の真冬と同じと考えればいいと思い、そのいでたちで出かけたのだった。
 
 
 
 
四国山地を斜めに横断して高知県上空に来ると雲は無くなって、先般ツーリングに出かけた横浪半島が良く見えた。
太平洋上に出て、眼下の室戸岬が後方に遠ざかると、ほぼ予定高度に達して巡航する。
 
羽田は雨らしい。
 
遠州沖からは地上は雲に覆われてしまった。
 
 
 
 
羽田に着陸してスポットに行くまで、雨が降りしきっていた。
ところが、ボーディングブリッジを通って空港ビルに入る手前で、綺麗な虹が目に飛び込んできた。時間に余裕のある客はみんなカメラを向けていた。私も一枚、あれれ、ピンボケになってしまっていた!
 
 
 
 
 
  
 
盛岡に着くまで、天候は目まぐるしく変わった。
関東平野を走行中はほぼ快晴だったが、ふと気が付くとあたりは雪化粧になっていた。福島県に入っていたのだ。
これは盛岡は大変なことになるかもしれないと思った。
宮城県に入ると雪は無くなり、盛岡までは雨が降ったり止んだりが続いた。
 
盛岡までは秋田新幹線「こまち」と東北新幹線はやぶさ」が連結されて運行した。
これがその接続部分。
午後1時からの「いわて教育の日のつどい」に間に合わなくてもいいと思って、分離して発車するのを見ていた。
私もちょっとだけ鉄分が多いのである^^)。
 
 
 
 
 
 
進行方向の前側が秋田新幹線「こまち」で、分離発車しながら連結器カバーが閉じられて行った。
 
振り返ると、東北新幹線はやぶさ」の先頭車カバーも閉じられていた。
 
 

盛岡は雨だった。
駅の交番で、県民会館まで歩いてどれくらい掛かるか訊いてみた。もちろん地図上で予想は付いていたのだが地元の人の感覚も知りたかった。
残念ながら、若い警官ははっきり返事できなかった^^)
バス便を教えてくれたが、歩けばギリギリ開始期に間に合うだろうと思って、歩きの方が町の様子が良く分ると思った。
繁華街は、軒先付きアーケードになっていた。
松山で言えば、昔の大街道商店街の感じ。
ここでは一方通行で、車道左右に間隔をおいて駐車スペースがある。車は左右にハンドルを切るようになっていて、スピードが出しにくい設置になっていた。
 
軒先が無くなったところに石垣が現れた。
城跡なんだろうか。
 
ニートレコードという中古レコード店があったので、その前から写真を撮った。
 
 
 
 
 
 
 
 
さらに東に向かって歩いていくと、岩手日報本社である。
 
ちょっと受付に寄って、受付嬢の写真を撮らせてもらった。
最近は、以前出来なかった恥ずかしい行為も堂々とできるようになった。老人力がついてきたのだ。
 
もちろん、一昨年の花巻の投書のことをお話した^^;
お名前、聞きそびれた!
 
 
市役所前交差点を北に進むと県民会館である。
ストリートビューで確認済みの物件^^;
 
雨模様なので、少し寂しい感じがする。
 
大々的に垂れ幕なんかが下がっているよりはよほどましだが、人影が少ない。
 
受付では、応募はがきを提示して資料をもらって大ホールに入った。
 
行事は既に始まっていて、来賓紹介を行っていた。
 
席はグループによって決まっていた。
来賓、主催者、県議、教育事務所研修席、オーケストラ関係者、合唱団関係者、学校別、報道席、そして一般応募はがき当選者席。
 
はがき応募の一般席は、座席表によると220席である。私のはがきには24と数字が手書きされていた。
一般応募の24番目ということなのだろう。
 
この写真は1時15分頃の写真である。
ずいぶん空席がある!
後で分ったが、まだ高校生が入場着席してなかったのだ。午前中、授業があったのだろう。
 
客席にすえられていた音響設備。
この調整卓は、プログラム全般を統括していたのだろうか。
もしかしたら、イーハトーヴ交響曲の収録も行っていたかもしれない。
合唱団やオーケストラの中にマイクロフォンが20本はあったと思う。
これは、休憩中のステージ上手の機材群。初音ミク関連だ。
 
 
 
 
 
第一部は13:00~13:20
開会行事ということで、知事、教育委員長の開式挨拶と来賓祝辞があって来賓の紹介があった。
この後「子どもたちの命を守り、いじめを許さない社会をつくる宣言」の朗読があった。
朗読をするのは、盛岡市立上田中学校3年 木村恒太郎君。
実に堂々たる立派な宣言であった。
 
「子どもたちの命を守り、いじめを許さない社会を作る宣言」
 
子どもたちの命は、かけがえのないものです。
子どもたちの命が、いじめによって傷つけられることは、
重大な人権侵害であり、決して許されないことです。
子どもたちには、
いじめのない安全で安心な学校や、家庭、地域社会のなかで、
学び、遊び、友だちと過ごす大切な時間が保障されなければなりません。
 
しかし、
いじめは、すべての学校、すべての子どもたちに起こる可能性があります。
岩手の宝である子どもたちが、いじめにより、人を傷つけたり、人に傷つけられたりすることで、
夢や希望を失い、自ら命を傷つけるようなことは、
決してあってはなりません。
 
この岩手のすべての人々が、
いじめを自分たちの問題としてとらえることが必要です。
岩手の子どもたちの心の中に、自他の命の尊重する優しさを育てるため、
今こそ、
子どもたちと大人たちが力を合わせる時です。
 
子どもたちの命を守り、いじめを許さない社会をつくるために、
「いわて教育の日」制定10周年にあたり、
私たちは宣言します。
 
   ○ 自他の命の大切さを伝え続け、かけがえのない命を守ります。
   ○ 一人一人の良さを互いに認め、他社を思いやる心を育みます。
○ 辛く苦しんでいる人に声をかけ、思いを深く受け止めます。
  ○ 嫌がることをしてはいけないときっぱり言う強い心を持ちます。
      ○ いじめられた子どもの心とからだを、みんなんの力で守りぬきます。
   ○ いじめをした子どもには、二度と同じ過ちを繰り返させません。
         ○ 子どもは正しい行動をする勇気をもち、大人は模範となる行動をします。
 

ところで、この宣言は、どこでどういう経過をたどって出来上がったものなのだろう?
 
 
この宣言は、岩手県内においていじめ自殺が連続して置きたことが契機になったらしい。
 
朗読者が生徒によってなされたのは、
岩手県民にとって良いことであったのだろうか?
 
受け止め方、理屈のつけ方、イデオロギーによってさまざまな解釈がつけられる。
 
一種の危うさを感じるが、当日の木村君の朗読を聞く限り、
邪な思いを洗い流す清らかさがあったように思う。